大判例

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東京高等裁判所 昭和26年(ナ)28号 判決

原告 松井稔

被告 群馬県選挙管理委員会

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は「昭和二十六年四月二十三日執行の群馬県利根郡白沢村議会議員選挙の当選の効力につき、同年四月二十八日同村選挙管理委員会が為した原告の当選を取消す決定に対する訴願について、被告が同年七月十八日為した訴願棄却の裁決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として左のとおり陳述した。

原告は昭和二十六年四月二十三日執行の群馬県利根郡白沢村議会議員選挙に立候補し、選挙の結果議員定数十六名のところ第十五位当選人中村恒三郎は八十二票を得、原告はこれに次いで訴外中村哲夫と同数の八十一票を得たので選挙会においてくじにより原告が当選人と決定されたのである。然るに白沢村選挙管理委員会は同年四月二十八日右中村哲夫の異議申立に基き、原告の得票中「ノル」と記載した一票及び「サカラミノル」と記載した一票を無効とし、原告の当選を取消す旨の決定をしたので、原告はこれに対し被告群馬県選挙管理委員会に訴願したところ、被告は同年七月十八日訴願棄却の裁決を為し、該裁決書は同月二十一日原告に送達された。その裁決の理由とするところは、(一)右「ノル」と記載した投票は候補者中に原告松井稔の外「桑原登」「鳥山鳴」なる者があつて、この三名の名を仮名書すれば「ミノル」「ノボル」「ナル」であり、前記「ノル」の記載は右何れを指したものか確認できない。(二)「サカラミノル」なる投票は「ミノル」とある部分が原告の名稔の仮名書とすれば「サカラ」は他事記載となり、若し然らずとすれば候補中何人を指したかを確認することができないこととなるから、右二票は共に無効であるというのである。然しながら一、原告は幼少の時から友人近隣の間において「ミノちやん」若しくは「ノルちやん」と累称され現在に至つているのであるから、「ノル」は原告を指すこと明かであり、その故に這般の消息に通じている開票立会人等は、開票に際しても又異議申立に基く再審査に当つても多数を以てこれを原告の得票と認めたのである。又これをその記載の形体に徴するも「ノル」の字間に「ボ」の字を挿入する余地はなく、「ノ」が「ナ」の書損であると見るのも困難であるに反し、「ノル」の記載の上部には充分「ミ」の字を記入しうる余地が存するところから考えても、「ミノル」と書くべきを「ミ」を書落したものと解するのが相当である。二、「サカラミノル」の一票も候補者中「ミノル」なる者が原告以外になく、従つて他の候補者を指したのでないことは明かであり、「サカラ」とあるは原告の氏を書くべきところを何等かの理由によつて不用意に誤記したものと認むべきであり、投票者が秘密投票制の趣旨に反し、私に目印とする為め有意的に他事を記載した類と解することはできない。よつて右二票を無効と認めた前記裁決の取消を求める為め本訴に及ぶ次第である。

被告代表者は原告の請求を棄却する判決を求め、原告主張の事実は「ノル」及び「サカラミノル」と記載された二票が原告に宛てられた投票であるとの主張を除き、その余はこれを認める。原告が幼時より「ノル」と呼称され、「ノル」は原告を指すものと一般に認められていたような事実はなく、又「サカラ」が原告の姓を誤記したものと認むべきでないことは勿論、その職業身分住所敬称等の何れにも該当しない以上、かかる氏名以外の記載は他事を記載したものとして無効とする外はないから、本件裁決は正当であると答弁した。(各証拠省略)

三、理  由

原告が昭和二十六年四月二十三日執行の群馬県利根郡白沢村議会議員選挙に立候補し、訴外中村哲夫と共に八十一票を得選挙会においてくじにより最下位当選人と定められたところ、白沢村選挙管理委員会及び被告群馬県選挙管理委員会が原告の得票中「ノル」及び「サカラミノル」とある二票を無効とし、原告の当選を取消す旨の決定並に該決定に対する訴願棄却の裁決をした経緯については、本件当事者間に争がない。よつて以下右の二票を原告の有効得票と認むべきか否かについて審按する。

一、先づ「ノル」なる投票について、原告は幼時から友人近隣の間において「ノルちやん」と呼ばれて現在に至り、「ノル」は原告の通称であるから右の票は明かに原告を指すものであると主張するけれども、原告が現にかかる通称を有することは当裁判所の措信し得ない証人岡村源五郎の証言を除いては他にこれを認むべき証拠なく、却つて成立に争のない乙第二号証、証人中村卓郎、加藤玄道の各証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は幼少の頃友人等より「ノルちやん」「ノー坊」等と呼ばれたことはあつたが、これは幼称であつて長じて後は一般に「ミノさん」「ミノやん」等と呼ばれ通常「ノル」とは呼ばれておらず「ノル」と云えば事実上直ちに原告を指すような関係に置かれてなかつたことを認めうるので、原告の前記主張は採用の限りでない。原告は又右「ノル」なる票は配字その他記載の体裁よりして、投票者が原告の名「ミノル」と書くべきところを不用意に「ミ」の字を脱落したと見るのが相当であると主張する。而して取寄にかかる甲第二号証の二の当該投票を検するに、「ノル」の文字は投票用紙候補者氏名欄の稍中央上辺に接続して書かれ、字間に他字を容れる余地なく且つ上部に余白を残していることは明であるが、このことからして「ミノル」の「ミ」の書き落しであるとは即断し難く、殊に候補者中他に鳥山鳴(なる)、桑原登(のぼる)なる者もあつた関係上(乙第二号証参照)「ノル」は果して原告若しくは右両名の何れの名を記載せんとしてこれを誤記したかを断定するに由なきところである。よつて本票は候補者の何人を記載したかを確認し得ざるものとして無効とするの外はない。

二、次にいわゆる「サカラミノル」の票であるが、取寄にかかる当該投票(甲第二号証の三)について見るに、これは鉛筆で濃淡一様明瞭に「サカミノル」と書かれてある。(証人新井八百、小淵善一郎、新木美喜雄、中村正二郎、高橋輝雄、小野竹次郎等は、その証言中いずれも開票立会人として本票を原告の有効投票と認めたのは「ミノル」とはつきり書かれてあるに反し、他の部分は淡くて判然としていなかつたことを理由としているが、これは事実に相違することを附言する)ところで本件選挙における候補者中原告以外他に「ミノル」という名の者がないことは争ないが、「ミノル」に冠した「サカ」の文字が原告の職業、身分、住所又は敬称の類を表すものでないことは勿論であり、他面「サカ」又は「サカラ」と原告の氏松井との間にはその字形発音上若しくは観念上些かも類似性関連性がなく、その他合理的に考えて投票者が何等かの錯誤により原告の氏を誤記したものと推測するを妥当とすべき何等の根拠も見出すことができないのであるから、本票は原告の主張するように原告の氏名の一部が誤記されたに過ぎないものとは到底認め得ないのである。而して右票に記載したと類似の氏の候補者がない以上、結局これも候補者の何人を指すかを確認し難いものとして無効の投票とせざるを得ない。然りとすれば本件異議訴願に当り白沢村選挙管理委員会並びに被告群馬県選挙管理委員会が開票立会人の意見に拘らず、本件二票を無効投票と判定し、従つて原告の得票数が減じて七十九票となる結果、その当選を取り消すべきものとした決定並びに裁決はいずれも正当というべく、原告の本訴請求は理由なきものとして排斥を免れない。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十五条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 薄根正男 岡野隆 奥野利一)

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